生ぜしも死するもひとり

6/2(土)に開催された須賀川俳句の集い2018に講師として参加してきました。

 

須賀川俳句の集い概要】

・地元結社の桔槹吟社が主催して、開かれている会です。
・東北大震災を期に始まった会で、地元への貢献の一つとして、開かれています。
・毎年、若手俳人を講師として読んでいます。今年は私でした。
・近隣の高校の文芸部に声をかけ、今年は約40名ほどが参加しました。

須賀川俳句の集いでは講師として、90分の講演を依頼されました。
色々考えたのですが、私の俳句観など90分も高校生に聞かせては、絶対に眠くなるので、高校生とディスカッションする形式にしました。
(´-`).。oO(話術が足りないのも誤魔化せるし)

 

「名作を攻めてみよう」ということで、最近の俳句を高校生と一緒に攻める企画を立ててみました。
本当は虚子とか秋櫻子とか、今では「古典」の名作も攻めたかったのですが、時間が足りませんでした。

 

【一句目】

 生ぜしも死するもひとり柚子湯かな
 
 ※高校生の素直な意見を聞きたいので、作者名は最後まで伏せました。
 

◇良いところを聞く

俳句を攻めるとき大切なのは、作者が何をしたいのか、共有することだと思っています。
例えば、「芸術は爆発だ」という信念を持っている人がいたとして、この人が俳句を攻めたとします。

 

桐一葉日当りながら落ちにけり 高濱虚子

 

「この句はぜんぜん爆発していない。却下!」と攻めてもしょうがないと思います。
作者は爆発する気がありませんからね。水掛け論になるだけです。
一度自分の信念は脇においておいて、作者の意図に寄り添ってみて、その上で駄目なポイントを指摘するのが、良いと思っています。
(´-`).。oO(やっぱり、どうせ議論するなら建設的にしたいですよね。)

 

この句も、まずは良いところを聞いてみました。
・「生ぜしも死するもひとり」というフレーズが深い
・柚子湯の温かみによって、「生ぜしも死するもひとり」の寂しいフレーズが救われている。
・暖かい気持ちになる一句。
私の記憶があやふやですが、概ねこんな意見が出ました。私も沢山頷いたのを覚えています。
中には
「作者はお年を召された方で、たぶん女性で、今は独り身の方だから、このような句を詠んだのではないか。」
と、鋭いプロファイリングをしてくれた女子高生もいました。

 

◇攻めてみる

では、本題です。「この句は悪い句だ。」と思い込んでみたとき、どの辺が悪いと言えるでしょうか。
・この人は今、何をやっているのか分からない。
 →柚子湯に入ってはいるのでしょうが、それ以上の景の想像が膨らまない。
・「生ぜしも死するもひとり」というのがよく分からない。
そうですね。私も攻めるとしたらこの辺だと思っています。この句の一読時点での弱点はフレーズだと思います。
私は『ルバイヤート』を思い出しました。
「この世は仮の物」だの「命は儚い」だの、一冊まるごと同じことの繰り返しで、申し訳ないのですが、私には面白みが分かりませんでした。
(´-`).。oO(その点、『バガバットギーター』は日本語で読んでも面白いのは偉大です。私は日本語でしか読めないのですが。)

「生ぜしも死するもひとり」というフレーズは一見凄そうですが、宗教的なテーマとしては、人類史上常に語られてきた死生観です。
ここに作者のオリジナリティは出ていないと思います。

 

◇議論の焦点

しかし、俳句で一番大事なのは季語です。
フレーズがどんなに駄目でも、季語さえ決まれば名句になりえます。
むしろ、面白すぎるフレーズはそれだけで完成してしまって、季語の面白さと上手く馴染まないことがあります。
この句の場合、「柚子湯」を面白いと思えるか、作者らしい感性と思えるか、によって判断が分かれると思います。

 

◇季語に何を選ぶか

一緒に参加されていたご婦人にお聞きすると、
「私はとても分かるわ。独り身だから。」
という答えが返ってきました。「柚子湯」があることで、「生ぜしも死するもひとり」が既成の死生観ではなく、この読者の実感として響いてきたのでしょう。
「柚子湯」の賛成意見も多かったのですが、反対意見もありました。
・柚子湯では温かみが出てしまう。もっと冷たい季語がいい。
 →例えば「凍蝶」「枯木立」などでしょうか。思いっきり「無常観」の方向性に舵を切る詠み方ですね。
・寂しすぎるので、明るくしても良いと思う。
 →お風呂の季語でいえば、「初湯」などでしょうか。句に華やかさが出てきますね。
他にもいろいろ案が出てきました。

 

◇私の考え

フレーズを見た時の俳人がまず思いつく選択肢は、寒さの中に温かみのある季語でしょうね。
やはり「柚子湯」は無難な選択であると思います。
真正面から付けた季語で、「妥当な成功」をしています。
季語を選ぶのは本当に難しいので、じゃあ私が「妥当な成功」以上の成功を常にしているのか、と問われると返す言葉もないのですが……。
ただ、私、二十五歳の人生経験では、「柚子湯」程度の正解では、「生ぜしも死するもひとり」を理解するには至らなかったのも事実です。
これから年を取ったら分かるようになるでしょうか。

ちなみに、現在の私が勝手に考える最善手は

 

生ぜしも死するもひとり浮いてこい

 

です。フレーズに実感を込める方法が思いつかないので、お茶を濁してみました。

 

◇名明かし

この句の作者は「瀬戸内寂聴」です。句集『ひとり』に収録されています。
句集『ひとり』は星野立子賞を受賞するくらいですから、良い句集です。
尼僧らしい無常観を、巧みに表現しています。「人生経験がものを言う」とはこのことなのでしょう。
しかし、私のような心得違いの者からすると、「遊び」が足りないように思いました。
季語のつけ方がどれも実直で、作者本来の爛漫さが表れていないように思われるのです。
「浮いてこい」とふざけたくなったのも、その辺が理由です。